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第1話 この王様、地雷すぎない?②

Penulis: だしのもと
last update Tanggal publikasi: 2026-07-23 14:58:31

―――現代・日本―――

「ただいま〜」

 小林由奈は玄関で靴を脱ぎながらため息をついた。

 スーパーの買い物袋を抱えた手が重い。

「……ん」

 リビングからの返事は素っ気なかった。

 夫の晃はスマホをいじったまま、顔も上げない。

 いつも「お疲れさま」由奈が声をかけても、「うん」という生返事だけ。

 12年の結婚生活。

 家族になった安心感と引き換えに、お互いの言葉は減った。

 いつからこんな風になったのだろう。

「ママ〜、宿題見て〜」

「はいはい、要。ちょっと待ってね」

 由奈は買い物袋を置くと、息子の要の隣に座った。

 算数のプリントを見ながら、機械的に説明していく。

「ママ、なんか疲れてる?」

 小学5年生の息子にまで心配されている。

 情けない。

「大丈夫よ。ママはいつも通り」

 嘘だ。

 大丈夫じゃない。

 でも、こんなことで弱音を吐くなんて贅沢だ。

 夕食の準備、食事、後片付け、子供たちのお風呂。

 全てを機械的にこなしてから、由奈はようやく自分の時間を手に入れた。

「さて……」

 スマートフォンを取り出し、小説アプリを開く。

 これが由奈の唯一の楽しみだった。

 現実逃避と言われても構わない。

「あ、この作者さんの新作出たんだ」

『アルカディア王国戦記』

 由奈のお気に入り作家の最新作だった。

 この人の作品はいつも面白い。

 主人公が苦悩しながらも成長していく過程が丁寧に描かれている。

 ただし——この作家は容赦ない。

 主人公を徹底的に追い詰め、選択を間違えれば破滅する。

 過去作の中には、救いのないバッドエンド作品もあった。

 だからこそ、ハラハラしながら読んでしまう。

「今回の主人公は、どんな話かな~」

 由奈は第1話を開いた。

『第1話 暗殺された王の復讐』

「お、よくあるループものね。最近流行ってるし」

 読み進めていくうちに、由奈の表情が変わった。

 主人公の若き国王レオンハルト。

 彼は確かに武勇に優れ、戦場では無敵だった。

 しかし――

「要点だけ言え。時間を無駄にするな」

 外交官に対する王の発言を読んで、由奈は思わず声を出した。

「うっわ!  その高圧な発言で炎上するやつ!」

 さらに読み進む。

「従者の話は聞かん。俺が決める」

「愚民どもに説明する必要はない」

「時間の無駄だ」

「この人……」

 由奈の顔が青ざめた。

「うちの旦那とそっくりじゃない!」

 晃も同じだった。

「結論だけ言え」

「俺は悪くない」

「いちいちそんな無駄な事を言ってくるな」

 自分や子どもに対しても、会話は業務連絡みたいで、笑顔の『ありがとう』なんてもう何年聞いていない。

「この王様、旦那の上位互換版じゃない……」

 由奈は呟いた。

 そして、続きを読んで戦慄した。

 小説の中では、前世の王は臣下たちから徐々に孤立していく。

 最初は忠誠を誓っていた部下たちも、王の高圧的な態度に愛想を尽かしていった。

「あー、これはだめだ。完全に人望失うパターン」

 由奈は小説を読みながら、現実の夫の姿を重ね合わせていた。

 晃も最近、会社で浮いているらしい。

 同僚との関係がうまくいっていないと、数少ない愚痴の中で漏らしていた。

 まさに、この王様そっくり。

 社交スキルが壊滅的で、本人は気づかないタイプだ。

「でも、この王様……なんで自分が原因ってわからないの?」

 由奈は画面をスクロールしながら首をかしげた。

 読者の視点からは明白だった。

 王の破滅は、敵の陰謀でも裏切りでもない。

 王自身の言動が招いた必然的な結果だ。

(典型的な破滅フラグ量産型主人公じゃない。こういうの二章で粛清されるやつだよ? 作者さん、序盤から攻めるなぁ……)

 画面をスクロールしながら、由奈の『小説オタク脳』が動き出す。

 『政治で負けるキャラ』にありがちな要素を次々とチェックする自分に、ちょっと笑えてくる。

「それにしても、もう少し言い方があるでしょうに……」

 由奈は画面に向かって呟いた。

「せめて『ありがとう』くらい言えばいいのに。『すみません』とか『お疲れさま』とか。そんな基本的なことすら……」

 その瞬間、スマホの画面が一瞬フラッシュした。

 白い光が一拍遅れて視界に残り、背筋にゾワリと寒気が走ったと同時に耳鳴りのような声が頭を突き抜けた。

(え、何? 今、何か……変だった?)

 耳の奥で、さっき読んだ台詞が遅れて響いた気がした。

『無駄に長い挨拶はやめろ』

 幻聴?

 いや、そんな――

「あれ?」

 由奈は画面を確認したが、特に異常はない。

 小説の続きが表示されている。

『……申し訳ない。疲労で言葉が足りなかった。バルトーク公国との友好は我が国にとっても重要だ。改めてようこそいらした』

「ん~~~~?」

 由奈は首をかしげた。

 さっき読んだ時は、王はもっと高圧的だったはず。

 外交官を怒らせて、険悪な雰囲気で話し合いが終わったような――

「リアルタイム更新?」

 最近の小説サイトは、作者がリアルタイムで内容を修正することがある。

 誤字脱字の修正や、読者の反応を見ての微調整だ。

「でも、こんなに内容変わる?」

 由奈は不思議に思いながらも、続きを読み進めた。

 しかし、頭の片隅では別のことを考えていた。

(この王様……本当に旦那にそっくり。もしかして作者さん、うちの夫を見て書いた?)

 由奈は苦笑いを浮かべた。

 まさか、そんなわけはない。

 でも、もしこの王様が現実にいたら、絶対に助言してあげたくなる。

「『ちょっと待ってください』って言ってあげたい」

 由奈は画面を見つめながら呟いた。

 知らなかった。

 その願いが、まもなく現実になることを。

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